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斜線のなかみ

アンクル・ニッカ

私はお酒が好きです。

ひんやりしたフローリングにぺたりと座って。二人掛けのソファで恋人にしなだれかかりながら。やかましい安居酒屋で下ネタを言い合いつつ。薄汚いライブハウスの爆音の中で。

思い出は色鮮やかにも霧に包まれたようにも、スローモーションにも倍速にも変じる。アルコールに潤んだ瞳に映る光は大抵美しいけれど、私の記憶は薄闇が大半を占めている。

18歳になってすぐ、私は初めて恋らしい恋をした。

ひと月で5キロ痩せ、ロクに身につけたことのないスカートをはき、化粧をした。彼は7つも年上だった。彼となるべく長く一緒にいるためにお酒を覚えた。

一夜に一杯。今夜は二杯。自分の上限を知るためだった。やがて一夜に七杯を越えた頃、私は数えるのをやめた。

自分が飲める体質だと知ってからは本当に楽しかった。飲めば飲むほどみんなに可愛がられた。今までの暗くて人見知りな自分が嘘のようだった。何次会まで行ってもどれだけ飲んでも翌日に残らなかったし吐いたこともほとんどない。

だから私はお酒を愛したしお酒に依存した。飲まないと喋れないからいつもお酒を持ち歩いた。それがポケットサイズのブラックニッカ。おっさんかよ。

安いウィスキーをストレートで飲むもんだから胃をやられた。常に胃が痛くてジュースも飲めない時もあった。それでもニッカのおっさんを私は愛してた。どんなに痛めつけられても最初の一口には甘みと豊かな香りがあった。

だけど当時付き合っていた彼氏の肝臓の病気がわかってから、冷や水を浴びせられたように飲むのをやめた。半年は飲まなかったと思う。

だけど結局またお酒を飲むようになった。

打ち上げのあと肩を組んで歌いながら駅前を歩いたし、缶チューハイを飲みながら公衆トイレでキスしたし、ワイン瓶片手に線路の枕木を跳んだ。

東京の街を泣きながらさまよった夜もある。忘れられない。忘れられるわけない。

忘れられないよ。